かつて帝国陸海軍に従事した方々の体験談をイラスト・エッセイで綴った、光人社よもやま物語シリーズの一つ。私はこれまで憲兵版、陸軍士官学校版、および陸海軍のベーシック版を読んできました。
残念ながら大学以降の十数年間は、「日本人はジャップ・シャオリーペン・チョッパリ以外何物でもないです」的歴史観が蔓延する環境にいたため、六十の手習いならぬ三十の手習い(っていうほど勉強勉強していませんけど…)として軍事史を紐解き始めた初心者の私でもすらすら読める軽快さは言うに及ばず、NHKや朝日、毎日、通信社等の大手マスコミのダニ共や日教組が決して広めることのない血の通った軍人たち、いくつかの不合理を抱えた時代や組織に生きながらも知性と勇気と品位を備えた日本人たちの真実を紹介するシリーズとして愛読しています。
まあ、そのような政治的理由以外にも、イラストが昔風で素朴でいい、というのもあります。


最終ページの一コマ。右側の白衣の先生が著者と思われます。
構成としては、(1)三分の二を占める、陸軍衛生部依託生徒としての体験談と(2)残りは軍医学史や、先輩同輩の各エピソードにページが割かれています。
著者は、昭和17年に依託生徒を志願。依託生徒とは、医学専門学校(著者は東京医専に在籍)に在学中、医学を学びつつ軍隊で訓練を受けつつ手当をもらうというシステムだそうです。医学校卒業後は歩兵連隊に見習士官として入隊後、二か月間後に少尉になる仕組みになっていますが、著者の場合、つまり昭和二十年には戦況の影響で卒業を待たずして軍医学校に入り、見習士官として八月に終戦を経験しています。
よって、例えば『太平洋奇跡の作戦キスカ』で平田昭彦が演じた軍医長のように実際の戦地を走り回ったことはなく、正確には体験談は軍医の教育を受けた医学生としての三年間を綴ったものです。
だからといって本書が物足りないということは決してありません。知られざる制度論はもちろんのこと、当時の切迫した情勢下、軍に属する医者の卵たちが国家のために何を体験し、どう生きたかが伝わる素晴らしい作品となっています。
個人的には、彼らが学ぶ教科の説明が面白く感じられました。
連隊本部や大隊本部に配置される軍医は、戦闘が激しくなると戦いに出る将校の代わりに連隊長や大隊長とともに戦術を練る必要があるため、主計将校同様、戦術学も重点的に学ぶのだとか。
また、表裏一体の重点科目として衛生要務というのがあります。これは衛生部隊、衛生材料の管理・運用を学ぶもので、医者の側面から作戦(野戦病院の設置や衛生隊の配置)を考えるもの。
情報に基づいた密な作戦を練って実施すれば何事も間違いはない、と、欧米では手術と作戦が両者ともオペレーション/オペラチオンと呼ばれていることを引き合いに出し、分かりやすく説明してくれています。
また、終戦時の著者の逡巡には胸打たるものがあります。軍医学校副校長の副官の「軍人であった身をかくし、日本の再建に努力せよ。」との判断で、著者たちは軍における記録を全部抹消され、焼いた教材で医学校最後の風呂を浴び、それぞれ帰郷します。
実は著者は戊辰戦争を戦った会津の士族の子孫。八月十九日には、飯盛山の白虎隊墓地を参詣し、隊士の最期に思いをはせますが、以下のように答えを出します。
「国はたしかに敗れたが、亡びたのではない。やはり国の再建に力をつくすべきだ。そして陸軍によって医師になれたのだから、その税金を納めた国民のために、医療を通じて、のこりの人生を捧げようと結論して下山した。この日が、私の第二の人生の誕生日となった。」
その他、京城に残した親兄弟を待ちわびながらモルヒネの多量摂取で死亡した同期や、手術台の兵士を抱きかかえながら空襲をやり過ごした応召看護婦など「泣ける」だの「感動する」だのでは形容しつくせない、様々なエピソードが言及されています。
軍医という人種は軍隊の中でも割と民間人に近いものがあり、職業柄の合理性もあいまって現代の読者にも共感されるところが多いと思います。時代背景や軍の特異性なので仕方ないと理屈では理解しつつも時々私も生粋の軍人の書簡等を読んでイラァと来るときもありますが(前述のウジムシ共が垂れ流す言説よりは百兆倍有意義ですけどね)、この本はその心配がなく、別段日本軍大好き人間ではなくてもさらりと読めるのでお勧めです。



夫よ、ありがとう








by 菫のブーケ
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